義父を偲ぶ夜
高齢者となった方への
アンケートで
後悔していることは何か
と聞くと
失敗してしまったことよりも
チャレンジしなかったこと
を悔やむ人が多いらしい
今となっては
あれしとけばよかった
やってみればよかった
何周りの目なんて気にしてたんだ
自分の気持ちに従って
やってみたらよかった
そんな思いになるみたい
今の自分はどうですか?
私は結構
やりたいことはやってるので
明日人生が終わっても
あまり悔いはない人
この先子どもの成長が
見れないことは残念だけど
もう私がいないと
生きていけないような
年齢じゃない
親より先に死ぬのは
親不孝ではあるけれど
いい人生だったから
悲しまなくていいよと
今伝えてある
つぼみはみんながいるから
保育は大丈夫
経営者がいないので
そこは苦労をかけるかも…
こんなことを考えるのは
身近な人が亡くなったからです
先日同居の義父が亡くなりました
その日の朝もフツーに
ご飯を食べてお弁当を持って
元気に現場に向かいました
そんなことになると思わず
久しぶりに末っ子中学生が
お弁当持ちだったので
なんとなく写メを撮りました
いつも空っぽになるお弁当箱
食べてくれる人が突然いなくなり
そのまま戻ってきました
そんな記念写真になるとは

お昼前に心停止して
1時間にわたる心肺蘇生のかいなく
目覚めることなく
亡くなりました
ホントに
人生は急に終わるんだと
驚きと怖さを感じます
義父は私からしたら
3分の1も言いたいことを
いっていない人です
そしてすぐ
まぁいいわ
と伝えることを諦めてしまう
だから
義父の要望は二言程度で
聞き入れないと
まぁいいわ
でシャッターを下ろされる
毎日おはようございますの
あいさつをする程度で
夕飯で顔を合わせても
何の会話もない
私とはそんな関係でした
ただ唯一三輪家で
私の起業にも増園にも
反対をすることはなく
喜んでくれた人
床のコンクリートを張るのも
やってくれた
本当に時々
保育園はどうだ
とか
何人入ったのか
とか
ボソッと聞いてくるので
心配をしてくれているのが
伝わってきました
なんとなくだけど
義父も創業者なので
分かり合える部分が
あったように思います
私が助けてと言えば
きっとすぐ助けてくれた
でも私は絶対
弱音を吐かなかったから
見守るしかないと
思ってたんじゃないかな
創業時に貸してくれたお金を
地道に返済していますが
いくら返したのか把握してなくて(笑)
もうずっと払い続ければいいかと
思っている
まだ元金も返しきれてないと
思うんだけど
口座が凍結されてしまう
今後は義母の口座に
入れ続けていきます
せめて元金が返済できるまでは
私も生きていないといかん
今世での役目を終えたから
死ぬことができたと
私は思います
どんなに苦しくても
痛くても
まだ生きている人には
まだやるべきことが残っている
私にも
まだ使命はあるようなので
命ある限り努めていきます
お義父さん
あなたがいてくれて
私は子どもたちに出会えました

人生で1番の喜びです
ありがとうございました